ずっ
とずっと ■「なつのそら」てん様から頂きました、 はなイヌ×アベウさ!! ありがとうございます・・・!■ |
暖かな日差しが窓から差し込む、ある晴れた日。 ふと肌寒く感じてアベは目を覚ました。 陽の光の届かぬ場所は薄暗く、室内はシン、と静まり返っている。 「…ハナイ?」 いつもなら、名前を呼べばすぐに「どうした?」と返ってくるはずなのに。 アベの声は、暗い部屋に空しく響くだけだ。 「フロにでも入ってるのかな、」 今日みたいに暖かい日、ハナイはよく風呂に入る。 風呂から上がった後のハナイは毛並みなど確かにキレイだけれど、甘ったるいシャンプーの匂いが鼻を刺激するか ら、アベはあまり好きじゃない。 「よくあんな水かけられて我慢できるよな、ハナイは」 オレには絶対無理。 そんなことを呟きながら、アベは小さなまるい尻尾をフリフリ、風呂場を目指して歩きだした。 ××× ハナイとアベは三橋家で飼われているゴールデンレトリバーとロップイヤーである。 もともと人懐こいハナイにアベはすぐに気に入られたらしく、出会ったその日に「オレはアベが好きだ」と告白さ れた。 種別が違うだろ、なんてアベが言っても、ハナイにはそんなことどうでもいいみたいで。 アベのいる場所に、必ずハナイがいた。それが日常で。 「ハナイくんはほんとアベくんが好きなのねぇ」 ニコニコと話す三橋の母に、ハナイは当然、というようにワンと吠えた。首に巻かれたトレードマークの赤いバン ダナが、誇らしげに揺れる。 「違う よ、ア ベくん の方 だよ!」 飼い主なのに何故か犬が苦手らしい三橋が、ハナイから少し離れた場所で答えた。 三橋の言葉に、そばでニンジンを頬張っていたアベの耳がヒクリと動く。 「そぅお?お母さんにはそうは見えないけど…」 まったくだ。オレの方がハナイを好きだなんて。 ニンジンを飲み込むと、アベは三橋の足に向けて勢いよく頭から突進した。 うぉ、とヘンな声をあげ、よろめきながらも、三橋は飛び掛かってきたアベを抱き上げた。 そのまま長く垂れた特徴的な耳をマッサージするように撫でられ、アベは不覚にも気持ち良さそうにとろりと目を 細める。 その姿に嫉妬したのか、ハナイが三橋のそばをうろうろと歩き回り始めた。時折アベを見上げるその目は、なんと も不安そうだ。 「ハナ イくん!大丈 夫、だよー。いじめ てないから」 恐々と、それでも優しく三橋がハナイの頭を撫でると、安心したように、クンと鼻を鳴らす。 「見て れば、わかる よ」 満腹感と耳を撫でられる気持ち良さに、腕の中で眠り始めたアベをそっと降ろしながら、三橋は尚江に言葉を返 す。 クッションに下ろされたアベのそばにハナイが直ぐさま近付いた。フンフンと匂いをかがれくすぐったいのか、ア ベは目を閉じたまま耳をプルリと揺らす。 そうしてようやくハナイも安心したのだろう、そのまま床にゆっくりと寝そべった。 「そうなの?」 「そうだ よ!」 自信たっぷりに頷く三橋に、尚江は未だ信じられなさそうに、仲良く眠り始めた一匹と一羽を見つめていた。 ××× ようやくたどり着いた風呂場、扉の隙間に体を入れて、アベは脱衣所をきょろりと見渡した。 やはりその場も静まり返り、よく聞こえるはずの耳は何の物音も捉らえない。 「フロ、じゃないのか」 念のため、苦手な浴室も覗いてみるけれど、まだ湯もはられていないそこは、濡れてさえいなくて。乾いた床が、 足の裏にひやりと冷たい。 「散歩の時間…にはまだ早いよな」 散歩は朝と夕方の二回、引っ張ってるんだか引っ張られてるんだかわからない状態で、三橋がハナイを連れてい く。 その背にアベが乗っかっていくこともあったりして、近所では結構有名だ。 ただ、まだ昼を過ぎたばかりのこの時間に、散歩に出ることはない。 三橋もいないことが多いし、何より気温の高い昼間は、ハナイにもアベにも少々きついからだ。 「朝は三橋もいたよな」 ポツリと呟いて、アベは風呂場を後にした。 ――結局、部屋中を探してみたけれど、ハナイはどこにも見当たらなくて。 広い家の中を探し回って疲れたのか、アベは最後に確認した部屋で、そのままゆっくり眠りに落ちた。 ××× ツンとした匂いが鼻先を掠めた気がして、アベは目を覚ました。 寝起きで霞む瞳に、ぼんやりと金色が映る。 「あ、アベ!起きた?」 「…んぁ?」 「はは、アベ寝ぼけてるだろ」 「え、あ…ハナイ?」 漸く焦点の定まった瞳が捉らえたのは、ハナイの笑顔。アベが目を覚ましたのが嬉しいのだろう、ぐいぐいと鼻を 擦り付けてくる。 「ちょ、やめろって!ハナ、…ぅあっ」 くすぐったさでヘンな声が出たかと思うと、アベはころりとひっくり返った。 ハナイのような大きな体に擦り寄ってこられたら、小さなアベなどひとたまりもない。 「てめ、いー加減に…」 「ごめんごめん!でも嬉しいんだからしょうがないだろ?」 何がだよ、そう問い返す前に、またハナイが鼻を擦り寄せる。 その時ふと、ハナイの首にいつものバンダナがないことに気付いた。 朝は確かにつけていた、トレードマークの赤いバンダナ。 「な、ハナイ。首のヤツ、どした?」 「あー忘れてた!注射するのに邪魔だからって、三橋がはずしたんだ」 「注射って…」 「あぁ、今日オレ病院行ってきたんだ」 「病院?!ハナイ、どっか悪いのか?」 「違う違う。予防注射ってヤツ」 病気とかならないように、事前にしとくんだって。 そう説明するハナイに、アベはふぅん、と頷いた。 「じゃあ病気とかじゃないんだな?」 「あぁ。これで当分行かなくていいはずだし」 「そか。ならよかった」 ほっとしたように笑ったアベに、ハナイの胸がドクンと跳ねる。 それどういう意味だ? そう聞き返そうとした時、アベがハナイを見上げて言った。 「あ、だからハナイの匂い、いつもと違うんだな」 「え?」 「さっき。起きたときさ、なんか違うって思った」 いつものハナイとも風呂上がりのハナイとも違う、ツンとした匂い。 ハナイなのにハナイじゃないような、そんな違和感。 目を覚ましたとき、すぐにハナイだと気付かなかったのはこの匂いのせいだ。 「やっぱいつものハナイがいいな」 「アベ…!」 ご飯食べに行こうぜと、その場から立ち上がろうとしたアベの顔を、ハナイがペロリと舐めた。 毛繕いをするように何度も優しく舐めると、くすぐったそうにアベの耳がヒクヒク動く。 「…ハナイ?どうし…」 「な、今日オレのこと探してくれたんだよな?」 「なっ…」 「だってさ、さっきオレがもう病院当分行かないって言ったら、ほっとしてたろ?」 「…ッンなこと、」 「それにさ、」 ハナイの顔がゆっくりと近く。 「アベが敷いてたそのタオル。オレがここ来た時ずっと使ってたヤツだ」 オレの匂い、そんなに恋しかった? 垂れた耳に囁かれたそんな言葉に、アベは目を見開いた。 そんな、まさか。うそだろ? それじゃあまるで。 驚きのあまり口をぱくぱくさせるアベに、ハナイが嬉しそうに笑って言った。 「 」 ××× ―――数十分前。 三橋たちがハナイを病院から連れて帰ったとき、リビングで寝ていたはずのアベがいなくて。 三橋と尚江は――もちろんハナイもだ――大慌てで部屋中を探した。 見つけたのはやはりハナイで。一番奥にある部屋の扉の前で、寝ているアベを起こさないよう小さな声で吠えた。 「アベ くん!」 ハナイの声に、大急ぎで部屋の前に来た三橋は、中を覗いて思わず微笑む。 「廉、ハナイくん!アベくんいた?」 「こっち」 パタパタと遅れてやってきた尚江が、よく見つけたねと、扉の前に座るハナイの頭を撫でた。それを合図にハナイ はするりと部屋へ入る。 「ほら、ハナイくんはアベくんのことなんでもわかるじゃない。やっぱりハナイくんの方がアベくん、でしょ?」 「…見て みなよ」 「何を…あ、」 三橋の指さす方へ目を向けると、タオルの上で眠るアベに、ちょうどハナイが擦り寄ったところで。 「え、あのタオルって、まさか…」 「昔 ハナイ くんが使ってたヤツ だよ!」 「でも、アベくんはそれ知らないじゃない」 「…だから、言った でしょ」 アベくんは、ハナイくんが大好きなんだよ。 嬉しそうに笑う三橋の隣で、尚江はもう一度一匹と一羽を見つめた。 部屋ではどうやら目を覚ましたらしいアベが、ハナイにひっくり返されたりとじゃれ合っていて。 「…そうなの、かしらね?」 「そう だよ!」 力いっぱい頷く三橋に、尚江は問い掛けた。 「…ね、廉。あの二人は何を話してると思う?」 尚江の言葉に三橋はうーん、と顔を上げて考
えた。
「きっと、」
「どこにも行かない。だから」 ずっとずっと、一緒にいような―――― END |
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犬兎にお相手いただけるなんて感激! もう場面を想像するだけではあはあです。 犬花井にひっくり返される兎アベってホモ抜きにしても堪らなくないですか!(笑) とっても可愛くて陽だまりみたいな作品をありがとうございました…! |
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