"Strawberry Kiss"



 ちゃりんと軽い音を立てて、数枚の硬貨が自動販売機の中に吸い込まれる。一枚だけが返却口にそのまま落ちてきて、もう一度それを入れ直すと、いくつもの ボタンが赤く点灯した。
 飲むものは決めていたはずなのに、指が一瞬だけ迷うように宙を彷徨う。えっと、と何の意味も持たない声が口唇から零れ、それに押されるように下段右寄り の位置にあるボタンに指が触れた。
 ピッと軽い音、それからがこんと鈍い音がして、取出口にスチール缶が転がり落ちてくる。軽快な調子でチープな電子音が鳴っているのは数字が揃えば同じも のがもうひとつ当たるとかいうルーレットだが、こういうのは大体にして1桁だけが違う数字だとかで揃わないものだ。「7778」と表示されたデジタルの数 字を目の端に捉えたが、特に何の感慨も湧かなかった。
 やけに低い位置にある取出口からその缶を取り出し、プルタブに人差し指を引っかける。気体の抜ける音、中から漂う甘い香り。缶を口につけ傾けると、冷た いものが喉に降りてくる。それを何度か繰り返す内に、小さめの缶の中身はあっという間に減っていく。
 周りをきょろりと見渡し缶を捨てられるごみ箱を探しながら、再び缶に口を付けようとした、その時。
「何飲んでんだ?」
 不意に、背後から不躾な声がした。もう一秒でもその声が遅かったら、口に含んだものを盛大に吹き出していたかも知れないというタイミング。阿部、とその 声の主を呼んで、それから溜息混じりに言った。
「…いきなり声かけてくんな」
 言っても無駄だろうけど、というのは辛うじて言葉にせずに止めておく。奴はその言葉には反応せず、手の中にある缶を見て一言。
「お前、そーゆーの好きなん」
 抑揚のない口調は、どういう意味を含めて言っているのか掴めない。からかっているのか驚いているのか、それすらも伝わってこないのに、少し落ち着かなく なる。
「悪いかよ」
 言い返したのは、正直なところ飲んでいるところをあまり見られたくなかったからだ。大体に於いて、笑われるのだ。それはまぁ、自分でもこの体格で坊主で 苺オレなんか飲んでるってどうなんだと思わなくもないけれど。
「甘いモン、たまに飲みたくなんだよ」
「別に、んなこたどーでもいんだけどさ」
 言い訳のように綴ったのにそう返されて、ますますどうしていいかわからなくなった。どうでもいいならわざわざ声かけてくるな、と心中呟いたところで、続 く言葉がかけられる。
「それ、美味いん?」
「……好き好きだと思うけど」
 そう言うしかないだろう。わざわざ買ってまで飲んでいる自分が不味いなどと言うはずもない。
 飲んでみるか、と中身がほんの少しだけ残っている缶を掲げた。奴はこういったものは好みではなさそうだが、それならそれでどんな表情をするのか見てみた い気もする。
 興味深げに近づいてきたので、手渡してやろうと缶を差し出したのだけれど。奴はそれを素通りして更に迫ってくる。何だ、と思う間もなく胸元を引かれバラ ンスを崩したところに口付けられ、触れた口唇から甘い熱が広がった。
 少しだけ舌で内側の粘膜を舐められてから放され、くいと親指で口唇を拭う一連の仕草を、為されるままに受け止める。掌から缶が滑り落ち、残っていた中身 がコンクリートに染みを作っているのが視界の端にぼんやり映っているのだけが妙にリアルだ。
「……甘」
 奴の呟きで空気が揺れたのに、やっと我に返った。不味くはねぇけどな、と最後にそう言い置いて、踵を返し去っていく奴の背中を呆然と見送る。
 無意識に口元を覆った掌の中、触れた箇所だけが甘く火照って収まらないのが、どうしようもなく落ち着かなかった。













2007 年4月28日  花誕&当サイト一周年


一周年記念に立倉麻貴様より頂戴いた しました!
こんな素敵なものいただけるなんて幸せです〜!


麻貴さんのサイトはこ ちら








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