多分、それも今更のこと。



(…変だよなあ)
 花井は向かいに座る阿部をじっと見つめた。いつもなら不躾な視線に文句のひとつも寄越すところだが、ぼんやりと宙を見ていて花井を気にかける様子はな い。
 今日の阿部は朝からこんな調子だった。放課後がミーティングだけなのをいいことにファストフード店に連れて来たのは、最近二人きりになれる時間がなかっ たからというのもあるが、阿部の様子が気掛かりだったからだ。
「…、阿部?」
 呼び掛けるとぴく、と体が跳ねた。意識が戻って来たらしい。
「お前今日ぼーっとしてんな」
 ため息を吐きつつ呆れたようにそう言うと、阿部はむぅと口を尖らせた。
「…練習はちゃんとやってただろ」
「いやそーいう問題じゃなくてだな」
 どうしてお前はそう、野球にしか自分の価値がないみたいな言い方をするのか。真面目とか熱心とかいう範囲を越えて、野球に依存しているかのようだ。
「…そーじゃなくて。何かあったんかなって、心配してんだろ」
 花井がじとっと見つめてくるのに、阿部はあー…、と言いながら目を泳がせた。
「…そーですか」
「そーなんだよ」
 自分達は所謂「お付き合い」をしている仲なのだから、もうちょっと察して欲しい。
(オレがどんだけ好きかなんて、コイツは考えてみたこともねぇんだろうなぁ…)
「…別に、なんもねぇよ」
「なんもねぇわけねーだろ、お前さっき何もないとこずーっと見てたし」
 問い詰められて、阿部は眉間に深いシワを刻んだ。花井のクセに、と理不尽な文句を吐いて。
「考え事、してた」
「朝からずっとか?」
「…そーだよ」
「何を?」
(ああ、もう)
 だから嫌だったんだよ、と心中で呟く。なんだってコイツはこう、変なところで押しが強いのか。
「…」
「おーい。そこまで喋っといて黙んなよ」
 喋りたくて喋ったわけではない。阿部は舌打ちした。
「…いつからかな、って」
「…何がだよ?」
 首を傾げる花井を見て、観念したように目を伏せる。

「オレが、お前を…そーゆー目で見るようになったのが、さ」

 予想もしなかった答えに、花井は目をみはった。二、三度瞬いてから、おずおずと聞き返す。
「えっと…朝からずっとそれ考えてた、のか?」
「そうだよ。悪ィか!?」
逆ギレのように怒鳴られて、いや、悪くはないんだけどな、と間の抜けた返事をする。
「なんか、意外。お前でもンなこと考えんだな」
 何故か嬉しそうにそうかそうか、と頷いている花井を、阿部はうさん臭げに見た。何がそんなに嬉しいのか、阿部には全く理解できない。
「なあ」
「ん?」
「お前は、いつからなんだ?」
 投げられた問いに、花井はちょっと考える仕草をした。
「…多分、かなり初めの方から。合宿の後とか、そんくらい」
「多分かよ」
「仕方ねーだろ、自覚してなかったんだから!」
 不服そうな阿部に声を荒げて、
「そういうお前はどうなんだよ。一日考えて、答え出たのか」
 仕返しのつもりでそう問うと、阿部はテーブルに肘を付いてうーんと唸った。
「それがなあ…どんどん記憶溯ってんだけど、どうもわかんねぇ」
 スッキリしねぇ、と頭を掻く。その姿を見て、花井はふと思い付いた。
「なあ。それじゃあさ、初めて会った時はどうだった?」
 完全に手玉に取られた三打席勝負。花井にとっては忘れたい過去以外の何物でもないが、阿部がどう思っていたのかは興味があった。
「あー?そうだな、体だけかよ、とか期待ハズレだ、とか…」
「…すいませんもういいです」
 想像通りすぎる返答に花井は思わず謝った。やっぱり聞くんじゃなかった、というかどうして聞いたんだろうと目が遠くなる。
「それから、スゲー負けず嫌いなんだろうなとか、集中し始めた顔はなかなかじゃんとか」
「…は?顔?」
 びっくりして聞き返す花井を余所に、阿部は記憶を手繰る。素直に必死になる顔、食ってかかってくる態度が好ましくて、
「あー…そうか」
「え?」
 わけがわからず訝しげな顔をする花井に、阿部はニィッと笑って見せる。
(この顔は…)
 絶対に何か企んでいる時の顔だ。ぎくりと身構える花井に、阿部は綺麗に微笑ってこう言った。



「多分さ、オレ一目惚れだったんだよ」



 花井の耳元で、ズドン、と撃ち抜かれる音がした。胸に衝撃。
(こいつは、こいつはどこまでオレを…ッ)
 耳まで赤くなる花井を見て、阿部は心底楽しそうに笑っている。本当に、性質が悪い事この上ない。
「…多分、かよ…」
 やっとのことでそれだけ返すと、
「真似すんなよ」
と笑われた。



 きっと恋に落ちるのは、出会った時から必然だったのです。













『Hide and Seek』の姫川歩様から誕生祝いに頂戴いたしました花阿部です…!
ありがとうございます…!!!
姫川さんの作品を読む度に、花阿に嵌った頃の甘酸っぱい初恋の頃を思い出し(笑)
心洗われる気分になるので煮詰まるといつも読みに行かせて頂いてます…。


 花阿好きにはたまらない、姫川様のブログサイトはこちら…!
























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